2016/02/03 13:59

日本人の方なら、一度は目にしたことがある打掛。

和婚スタイルの結婚式で着用されることの多い打掛ですが、その打掛の歴史や今のかたちになったワケを簡単にご紹介します。

 

はじまりは室町時代

打掛は、室町時代の上流武家の婦人が秋から春にかけて、部屋着である小袖の上から“打ち掛けて羽織る着物”として誕生、この名前がつきました。

 

時代劇などで、女性が着物の裾を引きずって歩くシーンがありますが、その時着ている着物が打掛です。



室町時代の打掛

風俗博物館サイトより> 

 

ちなみに打掛の裾には、「ふき」と呼ばれる綿をいれて厚みを出した部分があります。

 


<ふき>

 

この「ふき」。防寒のために綿を入れているのではなく、裾まわりに厚みと重みをつけることで、歩くときに足にまとわりつくのを防止しつつ、遠くから見た時に裾の広がりで身長を高く見せる効果もあったようです。

 

当時は、今のような暖房機器がなく、住宅の密閉率が低かった時代。

寒い時期の礼服として、温かさを重視するなら全体に綿を入れればいいものの、温かさよりも美を追求して打掛のスタイルを完成させた当時の婦人たちに頭が下がります。

 

 

礼服から憧れの婚礼衣装へ

そんな打掛が、婚礼衣装として着られるようになったのは江戸時代。

上流武家に限らず、大奥の高位女性や上級女官、公家の女性、遊郭の上級女性へとひろがり、裕福な町屋の女性が婚礼衣装として着用したことで、一般にも広く知られるようになりました。

 

当時は、身分の高い女性や裕福な家の女性しか打掛を着ることが出来なかった打掛。一般の家の女性にとっては、一度は袖を通してみたい憧れの存在として、生涯に一度の婚礼衣装として定着したんですね。

 

またこの頃、現在にも残る打掛のカタチが完成!

江戸時代は、打掛の袂が短いものと長い袂の振袖のものがありましたが、婚礼衣装として定着していく中で、より豪華で優雅な印象の振袖が一般的となり、今みなさんが知る打掛のカタチになりました。

 

打掛は歴史と伝統美がつまった
タイムカプセル

打掛のカタチが完成した室町時代から約680年。柄や装飾の流行り廃り、また古くから受け継がれるアイテムは数あれど、カタチに込めた美のこだわりや、女性の憧れという気持ちを今も褪せることなく受け継ぐ存在は、とても貴重なものと言えます。 

武家の婦人の美のこだわりを、着る人の幸せを願って作られた歴史ある装飾を、次に打掛を見る時に感じていただけたら幸いです。

打掛の商品一覧はこちら